千と千尋の神隠しin Gear Antique

文責:奥部ゆーき
海のむこうは、不思議の街でした――――――――

 2001年夏に宮崎駿監督作品映画「千と千尋の神隠し」が封切られました。
 この作品はインタビューで監督自身が言っていたように、“女の子が主人公の冒険もの”です。
 ギア=アンティークを語る上で欠かすことのできない“天空の城ラピュタ”。
 空から少女・シータが降ってきて、そして古代王国であるラピュタを探す男の子パズーが、古代王国の王の子孫シータと共に冒険を繰り広げるという作品です。
 男の子にはラピュタがあるが、女の子がわくわくする冒険ものがなかった。そこで、この千と千尋の神隠しがそれになればいい、という宮崎監督の発言通り、ラピュタとは対照的に「千尋」という名の今時の女の子の小学生が八百万の神々の世界で冒険するという作品です(ただ、神々の風呂屋に場所は限定されていますが)。
 今回はマキロニーで「千と千尋の神隠し」のモチーフを取り入れた上で考案した設定を発表します。

概要

★基本設定は?

 マキロニーの遙か西方の海の彼方には、地図に表記されていない神々が住まう場所があるとされています。
 その場所の一角に、今回の設定の舞台である「神々の公衆浴場」が存在します。神々が降魔討伐を放棄して、結界を張って西方に引きこもってしまって以来、十二神王のみならず、数多くの亜神達・半人半竜などの亜人・高い魔力を持つ妖精、さらには一部のトーラー人がこの神々の銭湯を訪れています。
 その理由はただ一つ、この銭湯のお湯には浄化作用があるということ、すなわち降魔汚染を治癒させる薬効があるためです。
 人間世界においては降魔汚染されたら自浄は絶対に不可能とされているはずが、この銭湯の湯につかるとゆっくりとではありますが元の清浄な体を取り戻すことができます。

★どうしてそんな薬効があるの?

 神々が気が遠くなるほど長い時間をかけて研究した成果です。また、結界を張った場所が偶然清浄な温水が噴出するという点も貢献しています。

★誰が仕切ってるの?

 この神々の銭湯を経営しているのは十二神王の内の一人・海王ファマダ(海運王)と呼ばれる老神です。巨大なウミガメの姿を好む男性神で、航海・漁業・商売の守護者とされています。彼にちなんで、銭湯の名前は「亀屋」といいます。彼の亜神達は海で遭難した者を助けると言われていますが、それはこの神々の銭湯のアルバイトとして人間を雇う(拉致する)こともあるためです。
 銭湯「亀屋」は海に面した巨大な銭湯であり、同時に神々との間の物資運送業などを行っています。アルバイトとして人間を雇った後、使い物にならなくなった場合、人間を亀に変えて死ぬまで海上輸送(宅急便)要員としてこき使います。
 海王ファマダはのんびりしているため温厚だと思われがちです。しかしながら、のんびりしているのは結論を出すのが熟慮する結果だからであって、決して人情家ではないところが注意が必要です。
 例えば、
「海王様、亀屋の人間達が待遇に不満を漏らしています!」
「……」
「海王様、聞いていらっしゃいますか!?」
「……」
「海王様?」
「じゃあ、殺そう」
「は、はい?」
「殺そう」
「逆らう人間全員ですか? しかし労働力が……」
「人間はいつでも補充できるが、神の浄化は急務じゃ、銭湯経営に支障を来す人間は殺してしまえ」
「……」
という感じです。とってもハートフルな神様ですね。
 彼の側には口うるさい妖精が蚊トンボのようについて回ってます。時には従業員達の働きぶりを生み追うファマダに報告(ちくり)をしています。性格もあまりいいとは言えず、従業員の多くは妖精である彼女のことを煙たがっています。
 彼女はずるがしこい面がある割には、本人の欲望に忠実なため、彼女が欲する物を条件として提示すれば騙すことは以外と容易かもしれません。

★そーいえば、その浄化の力があれば降魔だって倒せるんじゃないの?

 単刀直入に言えば、降魔戦争で降魔に対して絶望を味わって以来、神の眷属の殆どの戦闘意識は完全に枯れ果てています。特に海王は、現在は海運業と亀屋の経営にしか興味はありません。そのため人間達に降魔浄化の湯を提供する気はさらさらありません。よほど神々にとって有利な条件を提示しなければ、交渉のテーブルに付くことすらないでしょう。普段は亀屋の最上階にある自室で生活しています。体を使った仕事はもっぱら亜神達に任せており、自分は自室から蒸気通信機を使用して指示を飛ばすという感じです。

★亀屋の建物の構造は?

 外見としては千と千尋の神隠しにおける油屋とほぼ同じと考えていただいてかまいません。多層階の和風お屋敷という感じです。
 港から亀山で一本道で繋がっており、その道の側には城下町よろしく様々な神専用の店が並んでいます。超古代の技術から魔術的効果の高い品物など、ヴァルモンの科学者が見たら卒倒しそうな商品がごろごろと展示・販売されています。

 亀屋の1階から10階までが神々の湯があるエリアです。そのエリアは湯船だけではなく、神々をもてなすための宴会場が存在します。雰囲気も千差万別であり、マキロニー風の様式ばった宴会場もあれば、シェリーウェバ風の地べたに座るあるいは和風の宴会場もあります。

 最上階を含む数階は海王ファマダの自室になっています。彼自身の部屋は意外と質素な物に仕上がってあります(それでも他の従業員達のタコ部屋に比べれば天と地の差ですが)。彼はいつもここで生活し、指示は蒸気連絡機で送っています。普段は書類の決裁などが中心であり、十二神王が来るなど超VIPが来訪しない限りあまり現場には赴きません。

 地下はボイラー室になっています。亀屋の湯は基本的には地下からわき出る温泉なのですが、熱いお湯を好む亜神などや薬湯作製のためにボイラーが設置されています。このボイラーは無限エンジンを使用しており、水を入れるだけでOKです。しかし風呂の数があまりにも膨大なため、水を入れるだけでも一苦労です。このボイラー室の主は法王の亜神です。彼は神の眷属には珍しく科学に多大なる関心を抱いており、時には人間の生み出した技術を使用することもあります。ヴァルモンの狂的科学者ヴェルン卿もここを訪れたことがあり、この法王の亜神と親交があるという噂もあります。この法王の亜神は大量の苦力虫を使役しており、ボイラーへの給水・簡単な機械の整備修理などは全て苦力虫に任せています。自分は膨大な数の薬棚の中から客の要望に応じて薬湯用の薬草調合を行っています。
 苦力虫でも間に合わないときは、側にいるトーラー文明の上級型人間型オートマータ(メイドロボ)と二人体勢で薬草作りに勤しみます。
 彼自身は「メイド萌え」する事はありません。なぜなら愛してやまない機械技術が身の回りにイヤと言うほど存在するためです。全く、もったいない話ですよね。

★どんな人達が働いてるの?

 従業員の人達は正従業員とアルバイト要員に大別されます。

 アルバイト要員は先にも書いたように、人間を使用します。普段は海難事故、あるいは事故で海に落ちた飛行船に乗っていた人間を救助して、その代償として亀屋などで働かせています。客が多くなれば臨時バイトとして、借金で首が回らない人間からヴァルモンのフライングリザーズに狙われて命が風前の灯火の人間などの前に、海王の亜神が現れて救いの手が差し伸べられることがあります。
 ただ、夜の女王魔術会など、異能力(魔法力)を有する人間&夜魔族は、神々の持つ魔法技術にあやかろうと修行の一環として亀屋で働く場合などがあります。基本的に一年単位での契約制度を取っています。しかしながら修行目的など自らの意志で訪れた人間以外のアルバイターは、働きが悪ければすぐさまウミガメに変えられて重い荷物を海上輸送するという重労働を課せられることになります。

 正社員には主な所では妖精・亜人が雇われています。他にも少数ですが、古代トーラー文明の会話のできる上級オートマータ(メイドロボ)・人間・ゴブリナが存在します。人間で正従業員になる物はほんの僅かであり、よほど有能でないとなることはできません。
 一方、最近注目されているのがゴブリナです。ゴブリンの亜種と呼ばれ女しか存在しないゴブリナは、普通はゴブリンに苛められながら暮らす可哀想な存在です。しかしながら、最近神々の国において癒しブームが訪れており、彼女を雇うことが多くなっています。確かにゴブリナは生来のドジっ娘であり、お皿を割ったり溢れた風呂の湯で溺れることもしばしばです。しかし、そんなゴブリナを見て神々は彼女を微笑ましく感じ、チップを与えるのです。フェロモンか何か異能力によって、何らかの“癒し”効果をゴブリナが持っているのかもしれません。そのためゴブリナの癒し効果を狙って、海王は最近はゴブリナを正従業員として雇用する傾向があります。そのため、人間がバイトとして働くときには上司がゴブリナであるという何とも言えない状況になることも十分考えられます。

 中間管理職として、海王亜神あるいは他の十二神王たちの亜神を雇っています。この中間管理職も、地道に下積みから亀屋で働いているノンキャリ亜神もいれば、マネジメント能力を買われたキャリア亜神もいるでしょう。

★亀屋で働きたい! どうすれば働けるの?

 この亀屋で働くためには海王ファマダとの直接契約が必要です。彼と契約するには彼が持っている巨大な貝殻に自分の本名をフルネームで書き込むことになります。その際、ファミリーネーム(名字)がある場合はそれを奪われ、それがない場合は名前の一部分を奪われてしまいます(エルガーラ→エル)しっかり自分自身の意志を保っていなければ、名前を奪われたことすら忘れてしまいます。そうなれば第三者の力を借りなければ元の世界に戻ることはできないでしょう。とはいえそんな目に遭うのは弱みを握られた人間だけであり、他の種族では形式的に名前を奪うだけです。すなわちそれは海王がいかに人間を信用していないかを示しているとも言えます。

★やっぱり働きたくない! どうしたらいいの?

 海王ファマダとの契約が完了すると、その瞬間から体中に見えない糸が付着します。これは操り人形を操るための糸のような物です。これにより海王に危害を加えるような行為、または亀屋に不利益をもたらす行為を封じており、また雇用者に対する威圧をも意味します。
 この束縛を解除するためには海王ファマダが所有しているといわれる通称縁切り鋏と呼ばれる物が必要です。この鋏は海王の部屋の金庫に厳重に保管されているといわれています。契約終了の儀式として海王自らが好み得ない糸を縁切り鋏で切ると契約解除と言うことになります。この儀式を行わなければ例え人間界に帰還できたとしても、この見えない糸はあなたから決して離れることなく、操り人形のように操られて再び亀屋に戻ることになるでしょう。

★ところでどうやって亀屋に行けばいいの? 神々の世界は結界が張られてるのに……

 この亀屋にやってくる亜神達は一体どのように来ているのかと言うことが最大の疑問として残ります。
 この神々の世界に通じる道は世界に何カ所か存在します。最も神々の世界で有名なのは妖精の島と呼ばれるクーレンルートヴァルモン領北方に位置するサクヌッセン島の奥地にあるワームホールです。神々の世界の妖精達の殆どがこの島出身であるのはそういう理由もあります。
 他の入り口のある場所は小王国群の奥地・西方万国のどこかといった感じです。
 最高都市ではゲートを人工的に作製でき、定期的に降魔汚染治療に向かうという降魔戦争以前から生き延びている古参のトーラー人も存在します。
 意外な場所にゲートがあるといえば、一ヶ所あげることができます。実は大陸鉄道の中に存在することは全く知られていない事実です。大陸鉄道のエンジン部分(第一車両)にゲート発生機関があります。  しかしながら大陸鉄道を所有するラビエル人は神々の世界との行き来をあまり望んではいません。ラビエルは人間世界にしかあまり興味はなく、たまに神々の世界の情勢を探るために情報収集要員を亀屋に送り込むことがあるにすぎません。一応神々の世界へのルートを確保しておくという役割と、亜神達を神々の世界に送り届けるためにゲートを開くという役割が主目的です。海王亜神は海で繋がっている場所からは亀屋にまでは瞬間移動できますが、他の亜神達はそういうわけにはいきません。そこでラビエル人が神々に対して貸しを作ることは決して悪いことではありません。

★他には何か変わったこととかある?

 降魔汚染した亜神達だけではなく、人間達が垂れ流す産業用廃棄物などによって汚れてしまった神々も存在します。彼らは「腐った亜神」と呼ばれて、ヘドロを垂れ流しながら亀屋に入ってくるため鼻つまみ者にされています。しかしながら、しっかりと薬湯に浸かって汚れを落とせば再び魔力が復活するので、腐った亜神にとっては料金が割高になるものの、従業員達はきちんと客として一応対応してくれます。
 ただし、神々の住まうこの場所は時間空間的に不安定な領域に存在するため、極まれにとんでもない神々が訪問することもあります。例えばクトゥルフの呼び声に登場するようなクトゥルフモンスター達です。彼らが来訪すると従業員や他の客達にも被害が出るため、海王自らが出陣して彼らを追い払います。時には他の十二神王の力(特に武に優れた炎王の力)を借りて全力で彼らを元の暗黒の世界に放逐します。このやる気と降魔浄化能力の徹底的な解析を行えば降魔殲滅も夢ではないところが何とも皮肉としかいいようがありません。

シナリオプロット

ここでは以上の設定をふまえてシナリオ例を提示しておきます。

1.PCたち全員が飛行船事故に巻き込まれる

 PC達は飛行船で移動途中で事故に巻き込まれて海に不時着します。
 生き残った乗客はPC達だけであり、気が付いたときには既に亀屋に拉致られています。
 そしてこの亀屋で働くかあるいは海に放り出されてあの世に行くかの選択を、海王ファマダがPC達に迫ります。そして彼らは亀屋で働くことになります。
 仕事をしているとき、海王ファマダの腹心である亜神の少年と出会います。彼は闇王の亜神であり、何とか海王から降魔汚染浄化の秘密を探り出そうとしています。海王とは違い、この亜神の少年は降魔と徹底的に戦うつもりです。また、この闇王の亜神の少年は、まだ力は弱いですが大蛇に変身することが可能です。さらには暗黒の稲妻や初歩の治癒術など多少の術も使用可能です。
 この少年と共に海王の部屋に侵入するとか、あるいは海王の使いで星王の所に届け物をするというシチュエーションは意外と使えるかもしれません。星王は対降魔の力を所有しているにもかかわらず他の神王達を全く信用していないため彼女(星王)と彼女の亜神たちが降魔に対して孤軍奮闘しているという状況です。星王について海王との契約解除に協力してもらうかわりに、自分たちが降魔殲滅に協力するという取引などでこの世界からの脱出の糸口を見つけるというストーリー展開も良いでしょう。
 今まで知り合いでなかったPC達が、神々の世界で生き延びるあるいは脱出してマキロニーに帰還するよう協力するというドライ且つハートフルホームレスシナリオもいいかもしれません。

2.PC一人が神の世界に迷い込んだ人間

 このパターンはまさに「千と千尋の神隠し」と同じパターンです。
 PCの一人がふとした弾みでできた、神々の世界に通じるゲートに入ってしまい、亀屋に迷い込んでしまうという感じです。他のPCとしては、亀屋の従業員や上司などがあげられます。この場合個人行動が増えるかもしれないので、PC達が一チームとなって、降魔汚染した神を世話する。あるいはたまったつけの取り立てに十二神王のところへお使いに出かけるなどが考えられます。

3.PC全員従業員

 これは、PCが全員人間以外の従業員となり、迷い込んできた人間の世話をするというプロットです。これも個人行動が増えるかもしれないので、一つのチームを組んでいるという設定がいいでしょう。このパターンのシナリオならば、遠慮無く人間をいじめ抜いたり、メイドロボやゴブリナ、さらにはトーラー人や亜神や妖精をPCとしてかなり自由に選択することができます。

最後に

「千と千尋の神隠し」は実は凄くギーアン向けではないかと感じています。
 ギア=アンティークルネッサンスの時代になると蒸気機械の発達も過渡期を迎え、後は降魔にゆっくりと浸食されていくしかないという感じが私にはします。その時訪れる退廃感に毒されている「良家の女の子」が主人公だと結構いい感じかなと思ったり思わなかったりしています。
 「何で降魔浄化能力があってそれを人間にくれないの?」と無邪気に海王に尋ねたりするとなかなか楽しげです。
 宣伝するわけではないですが、千と千尋の神隠しはもののけ姫みたいに変に肩肘を張った作品ではないような気がします。きちんと冒険をしているという点、そして千差万別の神が存在するという点ではこのエルスフィアという星が結構マッチしていると考えて今回この記事を作製しました。これがギア=アンティークのシナリオがプレイされる際に僅かでも参考にされるならばそれは私にとって最良の喜びであると考えます。
 最後にこの記事を作製に関して温かい言葉を贈って下さった、冬刃さちるさんと神威灰二さんに感謝の意を表します。
 それでは、あなたに幸運の風があらんことを!



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