山椒魚

クトゥルフの呼び声 GM:U

 「クトゥルフの呼び声」は人類には到底理解できないような恐ろしい神々の片鱗に振れて絶望し、その絶望に立ち向かい或いは逃避するものの結局は絶望的な終局を迎えるというRPGです。
今回のシナリオはその原点に立ち返ったようなシナリオでした。
長文になりそうなのでセッションレポートと言う形式を採らせて頂きます。

ここからは重大なネタバレが入りますので、お気を付け下さい。
 6月の末頃だったでしょうか、大学院の試験を近くに控えた或る日、私は和良という村に共同研究者("Aさん"としておきましょう)を伴ってフィールドワークに赴いていた研究室の友人M―共に研究職を志す親友である―から深夜に着信を受けました。こんな夜に何の用だろうかと電話に出てみますとそこで聞こえるのは共同研究者が友人の名を叫ぶ声、「ぺちゃ、くちゃ」という音。ごうごうという川の音、そして最後に「うばそくさん、何しとるが」という誰かの声が入って、電話は切れたのです。
 直ぐに通報したのですが、結局見つかったのは気を病み、少し目を離すと命を絶とうとするようになったAさんだけで、Mは何か事故にでも遭難して命を落としたのだろうと言うことで片付けられてしまいました。
 だが、私は何故か―Mの死を認めたくなかっただけなのかも知れないのですが―このまま片付けたくはない気持ちが残ったのです。そして一先ず大学院の試験を終え、大学の先輩Hさんと共に和良へと向かうことにしました(院試など気にせず向かっておけば或いは……、と今となっては思わないではありませんが当時の私にとっては院試が目下の最重要事だったのです)。
 
 そしてHさんの車で和良に向かう道中、1頭の鹿を撥ねてしまいました。悪いことをしたと寄って見たのですが、鹿は何事も無かったかのようにむくりと起き上がり、そのまま山の中へと消えていきます。寧ろ車の方が大きな被害を被ったくらいでした。今思えばここで妙だと思っておくべきだったのかも知れません……。

 この場ではどうにもならないと立ち往生していたところで、このような辺鄙なところには珍しく後ろから車が一台やってきます。
 後から分かったことなのですが、この車に乗っていたのは白血病の娘さんの療養の為に和良に向かっていたY一家でありました。
 向こうも車から降りて来たので我々の車が壊れて困っている事を説明すると、泊まる旅館も同じようであるし、親切にも和良まで乗せて行ってくれると言います。Hさんは修理工を呼ぶ為一旦別れて街の方へと向かったのですが、私はY親子の車に同乗させて貰い、一足先に和良へと向かうことにしました。そして先程述べたような、Y一家の和良へと向かう事情を聞くことになります。

 Y一家の話によると、和良では特殊な「健康食品」を製造しているらしく、その「健康食品」―「さんざし」と言うらしいのですが―のおかげで、何といいますか、基礎体力のついた娘さんは余命幾許も無いと宣告を受けた所から今の状態―立ったり歩いたり話したり出来るぐらいの状態―まで持ち直したらしいのです。
 中々凄いものもあるものだと私は和良について興味を深める一方で、そのような「健康食品」が存在すると言うことに一抹の不安を感じたのもまた事実でありました……。なんでもその「さんざし」とやらからは山椒の香りがして、和良に本社を構える豊岡物産と言う会社が扱っているらしいのですが、今の私には余り関係のないことと思っておりました。

 その後程なく我々の逗留する山崎屋という旅館―MやAも暫くの間逗留していたらしいのですが―に到着致しました。夜の間に女将さんに聞いてみた所によると、2人は3日間この旅館に逗留してその後村の診療所―そう言えばMの研究テーマは診療所を中心とした和良の特異な地域共同体の形成過程についてのものでした―の宿舎に2週間ほど身を寄せてから例の電話があり、その後消息を絶ったらしいのです。一先ず明日朝一で2人が泊まっていた宿舎に行ってみることにして―Hさんが村の診療所のお医者様と知り合いだったので問題無く行けることになりました―その日は山崎屋で一晩を過ごしました。


 次の日に宿舎に行って見て、何とはなしに色々と、手掛かりが無いか探して見ますと、何やらメモが1つ見つかりました。ノートの切れ端の様だったのですが、「6月21日、老健カバさんみつこさんハザコのことを聞く、豊岡物産にアポ」という内容でした。
 「ハザコ」というのはこの地方でのオオサンショウウオの呼び名だったと私はふと思い出します。他の言葉についてはさっぱりでしたが、どうも件の豊岡物産とやらもMの失踪に関わっているのではないかと思い、今そちらの方に向かっていると聞いたY一家が帰ってきたら話を聞いてみようと思いつつ、Mと親しくしていたと言う診療所のもう1人の医師に会いに行くのでした。
 そしてそのG先生という医師の話によると蛇穴という車で30分位の所にある名所や、そこに祭られているという竜神様にMが関心を持っていたらしいと分かったのです。それからカバさんと言う方が老健と言う施設に入所しているお爺さんであることや、この村には重ね岩という名所が戸隠神社にあることも教えてくれました。

 その後、Hさんと友人のお医者様との飲み会に私も顔を出すことになり、看護婦のS女史と知り合いになりました。S女史は人類の下位2%位の容姿と思われる私にも優しくしてくれ、例の蛇穴への案内も明日ならばしてくれるということでした。いい人でした、本当に。

 そしてS女史と暫く夜道で蛍狩りなどしながらその日を終え、旅館に戻りました。


 朝になり、とりあえずカバさんに会いに行ってみることにします。カバさんは既に恍惚としていて私のことをMだと思っているようで、Mが恐らく聞いていた様な話を私にしてくれます。何か騙しているようで悪い気がしたのも確かですが、とりあえずはMについて調べるために話を合わせて見ることにします。
 こちらからもメモを見ながら何かと聞いてみますと、うばそくさんは森の守り神うばそくさんはみつこさん、と答えてくれ、その辺りで面会時間は終了となりました。

 その後約束の時間になったのでS女史と蛇穴へ向かうことになりました。行って見ますと蛇穴というのは山の中、渓流の近くの岩場にある、人が入れる位の何の変哲も無い穴でした。何か無いものかと矯めつ眇めつしてみますと何かがちらりと視界に入ります。1m位のものでした。生き物のよう。ふと私は、昨日「ハザコ」と言う言葉に触れていたのもあってか、オオサンショウウオではないかと思いました。ここにはオオサンショウウオが生息しているのかもしれません。
 その内雨が振り出してしまいましたし、S女史の休み時間もそろそろ終わりだということでしたので一旦帰ることにしたのですが、帰り道3人の男とすれ違います。我々の乗ってきた車の所まで来てS女史に聞いた所によると彼らは豊岡物産の豊岡氏と社員さん達らしいのです。私はMのメモに豊岡物産の名前のあったこともありましたし、単にどこか気になる所もあるという興味もあってS女史にHさんへの言付けを頼んで(私の携帯電話は圏外だったのです)彼らが何をしているのか、彼らの車の近く待ち伏せて戻ってくるのを待ってみることにしました……。
 
 その内に彼らは車の所まで戻ってきました。手には1mくらいの何かが―それこそオオサンショウウオでも入りそうな―容器を抱えています。そして車のドアが内側から開いた時、私は見たのです。作業服を着て呆けた様子でいるMの姿を。

 Mの無事が確認できて安心する気持ちやらMが一体何をしているのか気になる気持ちやらで私が混乱している間に車は走り去ってしまいました。そして私は、Mが関わっていることがどういうことなのか気になったのかもしれませんし単に混乱していただけなのかもしれませんが、再び蛇穴に行ってみることにしました今度は1人で

 蛇穴に着いてみますが特に変わったところはありません。ただ、先程は聞こえなかった何かの野太い鳴声がしていました。先程の容器のこともありましたし、何か起っているはずだと少し穿った目でしつこく見てみますと岩場の陰に何かぬらっとしたものが付着しているのが見えます。もしかしてあれは血ではないだろうか。
 そう思った私はとりあえず携帯電話のカメラで写真を撮ろうと試みるのですが、距離がそれなりにあることもあって中々上手くは撮れません。そうこうしているうちに背後に気配を感じます。振り返って見るとそこにいたのは1人の老婆でした。目が小さく、肌はぬめぬめとしており、またとても真っ当な生活をしているとは思えないようなボロボロの服を着ています。私はその異様な老婆に一瞬気圧されましたが老婆は私に意味のある言葉を掛けません。ただ、あ、う、と言った程度の言葉を発するのみです。その内に老婆がこの雨の中傘も差さずにいるのに気がつき、とりあえず私の持っている傘を渡すと老婆は山の中へと消えていきました。

 その内にHさんがやって来て、一緒に山を降りようとしますが、不運にも迷ってしまいます。雨も降っていることですし、長谷川さんの経験から山を登ろうと進路を変えますと、なにやら先程も聞いた野太い鳴声が聞こえてきます。鳴声を気にしつつ獣道を進んでいくと、開けたところに出ました。どうやら先程の渓流の少し上の方のようです。そこで私は渓流の真ん中辺りの岩に腰掛ける少女を見つけます。
 その少女は少し古めかしい衣装を着ている可愛らしい女の子だったのですが、その腰掛けた岩の下には何十匹もの山椒魚が集まっていました。恐る恐る近づいて声を掛けてみますと、その少女が私達に気が付くと同時に鳴声がピタリと止み、少女が手で払うと一斉に山椒魚が去ります。話を聞いてみるとその少女はすみこさんという名前で、そうやら和良の戸隠神社の娘さんのようでした。そういえばY一家からもそんな娘さんがいるという話をされていたような気がします。すみこさんは山から下りる道を私達に教えてくれ、案内役まで買って出てくれました。
 道すがらいろいろと話をして見ますと、私が豊岡物産の車に見た男はここではみつおと言う名で呼ばれ、6月末から働いているらしいことが分かります。そう、Mの失踪した時期と重なります。私はすぐにでも豊岡物産に行って「みつおさん」と話したく思いましたが、このような娘さんを雨の中1人、お礼もせずに返す訳には参りません。一先ずは戸隠神社まですみこさんを送り届けることにしました。

 戸隠神社に辿り着きすみこさんを送り届けた所、神主さんは御礼もせずにはとすみこさんに部屋に向かうよう言った後に私達を母屋へと通します。そこで私がMを探していると伝えてみつおさんのことを聞いて見ますと、神主さんは明らかに何かを隠した様子で誠実な答えを返してはくれません。それに気が付いた私は少し声を荒らげてしまって雰囲気が悪くなり、出て行くように言われてしまいます。そこにY一家のお父さんが現れました。そういえばY一家のお父さんはこの神主さんと昔からの知り合いだと聞いていたような気がします。

 何はともあれ神社の母屋を出て、道に面した所まで出ました所、血相を変えた神主さんが出てきて神社の裏手へと向かう所を見かけます。先程からそれこそ数分経ったか経っていないかという所でしょうか。先程の神主さんの不誠実な態度のこともありましたし、こっそりと後を附けて見ますと重ね岩の前に行き当たりました。そのまま観察を続けますと、神主さんは何か凄まじい気合を込めて私には理解できない言葉の呪文を唱え始めます。すると何ということでしょうか。重ね岩が回転して地下へと続く洞穴が開かれたのです。呆気にとられた私達に気が付くこともなく、神主さんは洞穴の中へと消えていきました……。

 その後神主さんから少し遅れてやってきたY一家のお父さんから驚くべき事実を聞かされ、一冊の、これも驚くべき事実の書かれたノートを渡されます。何とこの村には
超常的な「何か」が実在し、すみこさんはその「何か」の落とし子らしいのです
。前に話に出た「みつこさん」はすみこさんの前にいた落とし子のようでした。普段ならばこのような話は荒唐無稽な妄想だとしてしまうところですが、明らかに目の前で妙な術法が行使された様を見てしまった私は最早信じざるを得ませんでした……。

 程無くして洞穴から出てきた神主さんは私達に術法を行使して洞穴に入る所を見られていたことに驚き、最早隠してはおけまいとMとみつおさんとの関係について話してくれます。やはりみつおさんとMとは同じ人物だったらしいのですが、真実は私の想像を遥かに上回るものでありました。何と、Mは一度落石事故で命を落としたものの「さんざし」というよりは、これも予想しないでは無かったのですが、山椒魚の肉、を食べて「甦った」らしく、それが今のみつおさんらしいのです。その話を聞いたHさんは村の診療所のお医者さん―後から考えてみるとHさんとお医者さんとは恋人関係にあったようなのですが―にすぐこの村を離れるよう伝えねばと走り出て行きました。私も後を着いて行きます。そしてその後暫くしてY一家のお父さんと息子さんも続きました。娘さんと奥さんが今診療所にいらっしゃるらしいのです……。
 先程はいらっしゃらなかった息子さんを連れていましたし、お2人の様子が尋常では無かった―お父さんは血相を変えた様子で、息子さんはどこか呆けた様子でした―こともあって何かあったのかと聞いて見ますと、息子さんはお父さんと一緒に神社の入り口までは来ていたのですが、すみこさんが神社の裏手へと向かうのを見て何とはなしに後を附けてみた所、重ね岩の洞穴の中で「何か」を見てしまったらしいのです。それで気の触れてしまった息子さんをすみこさんが連れてきて、怒りの余りすみこさんをその場にあった調度品で殴り倒した後急いで飛び出してきた、とのことでした……。

 
 診療所に辿り着き、Y一家の方々は娘さんと奥さんのいらっしゃる病室へ、私達はお医者様のいらっしゃる所へと向かいます。私達はお医者様に逃げ出すように言いますが、勿論のことながら私達の言うことを中々信じてくれません。その内に曇りガラスの窓から妙な気配と音を感じます。そして蛇穴で聞いた野太い鳴声が外から聞こえます。それも余程大きく 耐え切れずに窓を開けてみますと、ベランダのような空間を挟んだ外には沢山の、オオサンショウウオが人ほどに大きくなり、二足歩行をしたらこうなるのだろうかという様な「何か」がじっとこちらを見ていました。窓を閉めると上から何かがぼたりと落ちたのが見えます。恐らく「それ」が窓の上にも潜んでいたのでしょう。

 お医者様は病室に駆け出し、私達も一瞬遅れて早くここを出ようと駆け出しました。するとすぐに前を行っていたお医者様の悲鳴が聞こえます。私達が廊下の向こう、お医者様の悲鳴の聞こえた所に出ますと、そこは少し広い部屋になっていて数人の、鎌や包丁で武装した村の方々がお医者様を壁に追い詰めていました。私達はお医者様を助け出して逃げようとしましたが、運悪くHさんも捕まり、また後ろからは先程の「何か」が迫ってきます。私は申し訳なく思いながらもMと共にここから逃げるために1人窓を突き破って逃げ出し、止めてあった自転車を奪って豊岡物産へと扱ぎ出しました……。 
 
 豊岡物産に向かう内に私も「何か」に襲われて何とか助かったものの自転車は壊れてしまいます。確か山崎屋には自転車が有った筈と山崎屋に向かいますが、山崎屋の駐車場で私はあの豊岡物産の車を目にします。そしてそこにはMの姿も見えました。一瞬躊躇いましたが私は乗り込もうとしていた豊岡氏やM達―他には作業員の方々が2、3名いらっしゃったでしょうか―の前に飛び出し、Mに呼びかけますが、Mの反応はありません。そんな私に豊岡さんは作業員の方々を差し向けます。私も精々抵抗し、Mを取り返そうとしましたが数には敵いません。その内に豊岡氏がショットガンを取り出し、私は抵抗を止めました。

 しかし私はここで1つの事実に気が付きます。今作業員の方々は私を抑えるのに手一杯で、豊岡氏は私にショットガンを向けて警戒しています。つまり、Mをマークしている人間はいません。そこで私は一際声高に呼びかけました。「M、逃げろ」と。するとMは何か一瞬はっとなって豊岡氏に飛び掛ります。そして言ったのです。「お前が逃げろ、逃げるんだ」と。Mの気持ちを考えるのならばここで逃げたほうが良かったのかもしれませんが、私にはどうしてもMを置いて逃げると言う考えには納得できませんでした。今できた隙を付いてショットガンを奪い、抵抗しようとします。ですが、矢張り数には勝てず、私は今度こそ動けないよう縛り上げられ、豊岡物産まで連行されることになってしまいました……。

 その後は今まで地続きです。私は豊岡氏に「さんざし」の秘密やMとみつおさんとの関係について改めて教えられます。何でもオオサンショウウオ―これも聞いてみると結局は「何か」の作った「何か」、オオサンショウウオではなく「ハザコ」というものだったらしいのですが―の肉を食べるとあらゆる病気がたちどころに治るが老いれば私達が診療所で見た「何か」のようになってしまい、この村のものは殆どが「ハザコ」を食べて生きているということでした。そして豊岡氏はその煮付と斧とを持って来て私に聞きます。村の一員として生きるか、ここで死ぬか、と。数瞬悩んだ末にその肉を食べ、私は和良の一員となり、今はここ和良で生きています。ここはいい所です、本当に、本当にいい所です、一生住みたい位に……。


 以上でセッションレポートは終了です。ここまで読んで頂きありがとうございました。
セッションレポート > クトゥルフの呼び声 | comments (0)

Comments

Comment Form